IwazerReportでタグ「Webチェック」が付けられているもの
このかかってる曲はメタルじゃないと思う。やはりMEGADETH希望。
たぶんオウム君もこの程度の曲じゃ物足りないと思われ。
ギターのTAB譜を表示しながら演奏例を再生してくれる。TAB譜はちゃんと演奏に合わせて現在位置が移動してます。Flashで作られているみたいですね。
私の環境がMacBookだからかなのか多少、もたついたりしますがまぁ許容範囲。
残念な点としては全曲にコード名が表示されていないところかなぁ。今弾いてる音が何のコードなのか素人なので分からないから(笑) 楽譜モードもあるとイイかも。
#コード名は一部、表示されている曲もありましたが。
データを自分で入力できると、より盛り上がりそうですね。
Rubyは10年前のJavaですか。98年というと、私が趣味でJavaを触ってた頃。Perlは普通に使ってた。Rubyは…実は知ってたけど、ほら、当時Rubyの方々は何かにつけPerlに敵対的だった(と私は認識していた)のでPerl使いとしては、黙殺していたと白状しておきます。
私の経歴からするとJavaは2000年頃から仕事でも使い始めたくらい。もちろんサーバーサイドJavaです。イーシーワンの方よりちょっと遅れてますね。使ったのはWebSphere 3.0だったかなぁ。結果的に、その頃から仕事ではJava一色になったので、まぁまぁ乗り遅れずには済んだ。
それで10年前のJavaですが、私の記憶だと、今のRubyより全然不安だった様な気がします。やっぱ重要な仕事はC/C++でしょとJavaりながらも、少し思ってたし。今のRubyなら拠って立とう、これからRubyで一旗揚げようと考える事は難しくない気がします。でも10年前の1998年当初のJavaだと、もっと厳しかったんじゃないかなという印象です。
というわけでイーシーワンの最首さんは、かなり先見の明があったと思いますね。(ただの偶然じゃないかと、これ「まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」を今読んでるので考えてしまうのですが、それはまた別の話(笑) 結果的に先見の明はあったという事で)
では今のRubyは何年前のJavaかというと、私の感覚では、自分が仕事で使い始めて少し後、2001年くらいでしょうか。この2、3年の差は大きくて、Rubyで言うとRoR前か後かというくらい違うと思う。イーシーワンは3年前にRubyを始めたと言う事なので、計算も合う気がします。つまり10年前のJavaと同じ状況なのは3年前のRuby。
今Rubyを始めるのは10年前のJavaのときよりかなり安全。そのかわり競争相手が多くなっているのかなと思います。
以上どうでもいい事なのですが、最後にもう一つどうでも良い事。RubyはJavaよりも年上です。
少し前のもしQさんですが、思い出したので書いておく。
なんだか訳の分からない閉塞感と苛立ちを抑えて毎日を送っている日本人の皆さん、日本人は捨てたものじゃないそうですよ。一部の日本人らしくない楽観主義者を除いて、日本(人)ってどうしてこうもダメなんだろうと、いつも卑下する傾向にありますが、そんな悪くないらしい。少なくとも邱永漢氏は「日本人の出る幕は日本人自身が考えるよりずっと多いのです。」と励まします。
もちろん氏が毎日の様に「日本から出ないと先はない」と書いているように、日本で稼いで日本で使う生活を変えていかないと、この励ましに応える事にはならないのでしょうが、少なくとも日本の(そして自分の)可能性を肯定された、認めてもらった気持ちになって嬉しくなりました。
そんなもしQさんが載っているHi-Qさんのコンテンツは、株、投資、お金がメインのサイトなためか、若い人の人気はイマイチかも。上記リンクのエントリーのはてブを調べてみたらゼロ…他のもしQさんのエントリーもあまり注目されている様子はなさそう。
もっと、はてなーな人達にも読んでもらいたいと思って紹介してみたわけであります。
#なんて書くと自分が年寄りの様な気になる(汗)
良いと思います。マッシュアップ!
Σ(・∀・;)ハッ
さ、最後のは???
私は結構ウケたので、このエントリーを書いたり、はてブしたりして応援します!
#ただしネットへの影響力はありませんが(笑)
確かに面白いなぁ。
Twitterには、ほとんど自分で発言することは無いのですが、やってみると。
気持ち悪 風呂が充実 してました
わははは。良い感じに微妙!自動生成の魔力を感じます。
全く意味不明な場合もありますが、「やり直し」ボタンでどんどん変更できます。
3個目で出たのが上。
パーマネントリンクのページは、フォントも凝ったらもっと素敵なんじゃないかと思いますねぇ。
ざっと見た中で目に入ったお気に入りはこれ。
夢を見た 台無しやんけ 目が覚めて
すげーなぁー
はてブの人気エントリーを見ていたら、「罫線を撲滅したい - good2nd」というエントリーを知った。
私も見たが、「センスのいい、美しいデザインの履歴書 | コリス」を読んで感じたことの様だ。
確かに罫線がたくさんあって打ちにくいドキュメントは作成していてイライラしてきます。もっと他にやらねばならないことがあるのにと。私も以前は罫線を極端に憎んでおりました。
しかし最近、罫線は読む人のためのものであると考えて、アリなのかなと思っています。
特に定型でずっと変わらず情報量が多い文書は人が紙で高速に処理するために、見たい項目を位置で分りやすくできる罫線は必須だと思われます。その代表が履歴書ですね。各人がそれぞれオサレだが、書いている内容の位置が違う履歴書をもってきたら、それを大量に処理しなければいけない大企業の採用担当は大変です。ただ、履歴書をひと味違う自分をアピールするためツールとして使える職種・業種ならこの限りではないと思いますが(笑)
また、紙を使わないにしても、人が目で見て処理をしなければいけない場合(コンピュータに近いところで言えばソフトウェアの仕様書などもそれに含まれそうです)、ただ書くだけよりも、書く方の負担にはなるが、読む側への理解を助ける目的で面倒なフォーマットをすることになりがちです。
まぁ、good2nd さんも「読み易けりゃいいんじゃないの?」と書いている通り、それは分っていてセンセーショナルなタイトルでやり過ぎなケースに対して問題提起しているのであろうなぁ。
罫線が面倒でイライラするときは、見る人のために少し頑張ってあげようかな、なんて考えれば、少しは精神的に良いかも知れません。

